• budori TOURS ~ グスコーブドリの生まれたまちを訪ねて ~

  • 東京駅→新幹線はやて→新花巻駅

    { 有村の目 }

    大正10(1921)年、1月23日午後5時12分発の夜行列車に乗って、一路東京へ向かったそうです。当時25歳。 今は3時間で東京から花巻へ。大きなトランクにはいつも作品が。夢をたくさん詰めて列車は走っていたんですね。

  • 東京駅→新幹線はやて→新花巻駅

    • 現在のダイヤで、在来線を使って東京駅から花巻駅まで移動しようとすると、10時間程度。おそらく宮沢賢治の時代は、その2倍くらいはかかっていたのかもしれませんね。新幹線は早いけど、どこか寂しいですね。

    • 東北出身なのに岩手県は初めて。東北の空気は透明感があり、おいしい。きれいな空気の地域に行くと不思議と呼吸して生きてる事に意識的になる。

    • (ものごころついてからの)初東北。西とは違う空気、残る原風景に新しい魅力を感じた。

    • 新花巻駅前のお土産物やさんは小さいけれど、コケシや張子の人形、南部鉄器が置いてあってお薦めです。

  • 宮沢賢治資料館

    宮沢賢治資料館

    { 有村の目 }

    展示は、環境・信仰・科学・芸術・農村・総合・資料等の部門別に分けられ、多彩な活動をした賢治をうかがい知ることができる施設。監修は弟の清六さん。戦火から遺稿の多くを被害から守り抜き、花巻市に寄付。敬愛する兄への思いがないと出来ませんね。

  • 宮沢賢治資料館

    • 大切に残されている手紙や童話の原文が、たくさんあって驚きました。宮沢賢治さんの資料が中心ではありますが、岩手の歴史にも触れることが出来た資料館で、ここからスタートできてとてもよかった!と思いました。

    • 賢治と”○○”という資料の見せ方がとても見やすい。楽しいとおもうこと、興味のあることを追求すれば、それはいつし財産になる。人に伝えられる。そんな気がしました。

    • 年表を見て改めて、生まれて亡くなるまで、自然災害とともにあった一生ということを感じました。展示で印象に残っているのは、「雨ニモマケズ」の手帖の複製と、羅須地人協会の案内状です。

    • 執筆をはじめ、図面、作詞作曲、楽器演奏…すべてクオリティの高い作品ばかり!でも才能だけじゃなくて努力あっての作品なんだろうと勝手に思いながら作品を見させていただきました。

  • 宮沢賢治童話村

    宮沢賢治童話村

    { 有村の目 }

    生誕100年を記念して建設された施設。この年は映画が2本、テレビドラマやたくさんの特集がありました。もう4回目となりました。プチリニュアルも必要ですね^^

  • 宮沢賢治童話村

    • 全国レベルの珍スポット。もっと知られるべき。

    • 駐車場で、たまたま居合わせた姉妹が手遊び歌(せっせっせーのよいよいよい)を遊んでいて、まるで本当に童話の世界に入ったような錯覚がありました。

  • マルカンデパート大食堂

    { 有村の目 }

    賢治さんの生家や宮澤商店からとても近い場所。前の道路には数名しか人が歩いていないのに食堂は人だらけ。

  • マルカンデパート大食堂

    • 日本全国どこも国道沿いの大型ショッピングモールに支配されていますが、ここはデパートの食堂が元気!安くて美味しくてみんな笑顔。国宝級の食堂です。

    • エレベーターの扉が開いた瞬間、タイムスリップしてしまったんではなかろうかと目を疑いました!懐かしい内装と、メイド衣装のホールスタッフのお姉さん。ナポリカツはボリューム満点で、味も満足!!の一品でした。

    • 花巻市内の人がみんな集まってるんじゃなかろうかと思うほど人がたくさんいた!こんなに地元の人に愛されている場所におじゃまできて、なんかうれしかった。小豆ミニソフトの小豆の塩加減が絶妙。

    • 何を頼んでも、美味しくてボリューム満点!お財布に優しく低価格。地域密着型の店内は賑わっていて明るく、昭和テイストで味のあるマルカンデパート。岩手旅行の一番のお気に入り!マルカンデパート最高!

  • 生家

    { 有村の目 }

    生家の横に蔵があり、遺品も保管されていた時期があったそうです。でも老朽化により取り壊されてしまったそうです。

  • 生家

    • お家は新しくなっていたけど、門は昔のつくりのままだったので、不思議な感覚でした。今と昔の歴史というか、繋がりを感じました。

    • 金曜日だったため、敷地内に入ることができませんでしたが、土日・祝日は当時の土蔵の形骸だけが見学できるそうです。地図を見ながら、周囲を散策するのも良さそうですね。

  • 母イチの実家

    { 有村の目 }

    「株式会社宮澤商店」となっています。こちらは第二次世界大戦の空襲を免れ、産湯の井戸や蔵がそのまま残されています。

  • 母イチの実家

    • いまも現存していて、そのご家族が案内してくださる。「つたえる」のひとつのかたちをみました。そして、ここへくる前に手に入れた手描きの「縁の地マップ」がとてもよかったです。愛情たっぷりで。

    • 昔は、蝋燭の蝋を販売していたお店が、今は石油やガソリンスタンドを営む会社になっているそうです。お忙しい中、ご丁寧に宮澤家の歴史について教えて下さいました。

    • 地元の福島のおじいちゃん、おばあちゃん家にソックリ!わたしはこういう家に住んでいた頃もあるので、budoriのみんなの新鮮な驚きの反応が、私にとっては逆に新鮮でした。

    • 現在は、宮澤商店という名前で株式会社となっています。母の実家も宮澤…?と思ったら、両親ともに宮澤姓なんですね。

  • 賢治のお墓(身照寺)

    { 有村の目 }

    宮澤家のお墓の左に賢治さんだけのお墓があります。きっと相当恥ずかしがって恐縮していると思います。

  • 賢治のお墓(身照寺)

    • まだ咲いていなかったけど、見事な桜の木がありました。1ヵ月後に来ると、また印象がちがったんだろうなあと思います。

    • 静かなお寺にひっそりとありました。親戚の方か賢治ファンがお供えしたであろう花が鮮やかでした。

    • フクロウの置物があちらこちらに。境内の入口の石階段にも凛ととまっているフクロウが。守っているような姿が、凛としているけどかわいかったです。

    • 「支えてくれた多くの恩を忘れずに」の言葉がささりました。

  • 農学校跡(ぎんどろ公園)

    { 有村の目 }

    賢治さんが教べんをとっておられたところ。小学生のとき、こんな先生だったら私も学んで見たかったといつも思っていました。今は賢治先生のモニュメントがあります。

  • 農学校跡(ぎんどろ公園)

    • 寝ている像がコワスギタ。

    • 賢治は、農学校で農業を教えていただけのようなイメージでしたけど、実際には化学や英語も教えていたそうです。確かに賢治の作品には外国の言葉がたくさん出てくるし、そこがまたいいところですね。

  • 羅須地人協会跡

    { 有村の目 }

    ここから下の畑、その下の北上川を望むと賢治さんの辛く厳しく、そして希望をはらんだ頃、羅須地人協会時代が頭の中に駆け巡ります。

  • 羅須地人協会跡

    • 保存会の人が書き足しながら残しているという「下ノ畑二居リマス」の文字。思っていたよりずっと大きかった。かつて宮沢賢治さんを囲んで人々が集った場所に、いま自分がいるというのが、ふしぎな感覚でした。

    • 前日に見た映画が頭に浮かんで、実際に見ている風景と重ねて見ていました。この場所から見渡す景色が開放的でとても良かったです。

    • ここがかー!という感じ。見渡しの良い高台に立っていました。今は羅須地人協会の面影はないけど、高村光太郎さんの彫った「雨ニモ負ケズ」が力強く立っていました。

    • 羅須という名称については「花巻を花巻と呼ぶようなものだ」みたいな言葉が残ってるそうですけど、周囲のひとも意味をとやかく聞かなかったというのが素晴らしい。最近はコトバに意味を持たせたがる風潮が強すぎる。

  • 下ノ畑(賢治自耕の地)

    { 有村の目 }

    下の畑は今も地元の人が耕しています。花の季節には真ん中にある賢治さんの設計した花壇に花が咲きます。北上川もゆっくりと流れ、当時の様子がしのばれます。

  • 賢治が発案した納屋

    { 有村の目 }

    賢治さんが「おくら」と呼んでいた納屋、物置が残っています。農機具だけでなく、芸術のものも保管する。いかにも賢治さんらしい。

  • 下ノ畑(賢治自耕の地)・賢治が発案した納屋

    • 涙をこぼした目の形が印象的でした。下ノ畑から見た羅須地人協会跡、思ったより遠くてびっくりしました。

    • 人工的なものが周りになく、当時もいまと同じような景色が広がっていたのかな、なんて想像しました。時空を越えて、感覚の共有。

    • すごいのは、古い建物があちこちに移築されながらも残っているというところ。

    • 物置きではなく、おくらと呼んでいたというエピソードに、道具まで大切に思っていた、丁寧な気持ちが伝わるなーとじーんとしました。

  • 農業高校(羅須地人協会の家)

    { 有村の目 }

    この地に移築された不思議。農学校の生徒さんは「宮澤先生の家」として今も大切に手入れし、保存しています。教室だった部屋。オルガンやチェロがここで演奏されたり講義をしたり、人の悩みを聞いたり、童話を書いたり。すべての思いが詰まったこの建物。

  • 農業高校(羅須地人協会の家)

    • 実際、宮沢賢治さんがいた所だと思うと、やっぱり不思議ですが、実際に使われていた黒板やオルガンがあった事。建物含むすべてを今でも大事に大事に残して、伝え続けている事に感動しました。

    • 縁側からは、いまは農業高校が見えますが、移築前は下ノ畑や北上川が見えたんでしょうね。なんだかとても落ち着く家でした。

    • 木の壁やガラス戸、大きな黒板に火鉢そしてオルガンとどれをとっても趣きのある素敵なお家。右葉曲折ありつつも農業高校の敷地にある事に奇跡を感じます。

    • なんと言っても、オルガン!!音が鳴ったのです!!場所はちがえど、おんなじ協会の中でおんなじオルガンの音が鳴り響く。鳥肌たちまくりました。そういう感覚、大事にしたい。

  • イギリス海岸

    { 有村の目 }

    当日、ここはお休みでした。以前伺ったときは賢治さんのマントと帽子、トランクを持って記念撮影をさせて頂いたり、花巻弁の「雨ニモマケズ」を聞かせて頂いたり。ボランティアの皆さんにあたたかいお茶とお話しを頂けるところです。

  • 林風舎

    { 有村の目 }

    清六さんのお孫さんが経営されています。童話「北守将軍と三人兄弟の医師」の中に出てくるリンプー医師からきた名前だそうです。

  • イギリス海岸・林風舎

    • 秋に旅行で来た時には水位が低く泥岩層が出ているのを見れました。北上川の流れはボーッと見ているだけで心が落ち着きます。

    • 北上川の川を見て、イギリスのアルビオンに見立てるあたりは、まさに童話作家らしいエピソードですね。皆さんも近所の、なんの変哲もない風景に自分だけの名前をつけてみたらいかがでしょう。

    • とても品の良いお土産屋さんでした感動しました!お店の方も、あたたかくとっても親切!次回は二階でゆっくりお茶を楽しみたいお店でした。

    • 雰囲気のいいカフェが2階にあって、猫がいそうな場所だった。それとグスコーブドリなどの宮沢賢治さんの物語を紙芝居にしたものが気になりました。

  • 花巻温泉

    { 有村の目 }

    この温泉郷近くにも賢治さんゆかりの場所がたくさんあります。

  • 花巻温泉

    • 風情のある街並みでした。こういう温泉郷の難しいところって、いかに古いところを古いままに。新しいものを取り入れるかですね。外見はツタからまってるけどなかはハイテク快適な感じが好みです。

    • 夜に車で少し通っただけですが、正にイメージしていた温泉郷そのもの!今度は一人旅でひっそりと訪れたいです。

    • 早起きして周辺を散歩。賢治作品「台川」にもでてくる釜淵の滝は迫力満点!マイナスイオンあびまくりでした。

    • バイキングをしたり、卓球をしたり、歓迎会と称して愉しい時間を過ごしました!みんなで上を向いて歩こうを歌ったのがとっても愉しかった。

  • カッパ淵

    { 有村の目 }

    本当にカッパを釣る釣り竿があるとは思わなかった。

  • カッパ淵

    • 水がきれい。私がカッパだったらここに住むと思う。納得。

    • 生きたカッパには出会えませんでしたが、カッパの像やカッパの案内人のおじさんに会えました!

    • 川が綺麗でした!案内人のおじさんのキャラクターが良かった笑。

    • とにかく水が綺麗!地域ぐるみでカッパを愛しているのが伝わってきて微笑ましいです。

  • 遠野ふるさと村

    { 有村の目 }

    建物も懐かしいけれど、対応して頂いた皆さんもとてもあたたかく懐かしい感じがします。炭焼きのおばちゃんはほっこり。

  • 遠野ふるさと村

    • 今の年齢になって、ふるさと村のような場所が「いいな」と感じられるようになってきた気がします。そこかしこに「工夫」が感じられる家や道具を見られるのが愉しかった。

    • 古き良き日本の姿。ひんやりとした足の裏の感覚が忘れられない。村内で飼われてた馬がかわいすぎた。初めましての動物と対峙するときって、心を見透かされてる気がしてどきどきする。

    • 広い敷地に、ぽつぽつと古い民家が残してあります。焼き物や染め物の体験ができる施設や、自然の資料館みたいな建物もあって、見所満載!説明してくれるスタッフの方々もあったかくっていつまでも居たかった…!

    • 藁葺き屋根の家ってデザインが凄い好き。暮らしの知恵に溢れていて、すばらしかった。考えて、工夫して、丁寧に生きる。便利な生活になっていくと、忘れてしまう事を改めて学びました。

  • 釜石陸上競技場(釜石シーウェイブスのホーム)

    { 有村の目 }

    震災後、はじめてのホームゲームを応援に来ました。そのときはまだトラックもありぺんぺん草もたくさんでしたけど、一面人工芝できれいにお化粧していました。

  • 釜石陸上競技場(釜石シーウェイブスのホーム)

    • 通称「松倉グラウンド」へは、2度目の訪問。全面人工芝になった新しいグランドは、背景に映る山々とあいまって、とてもきれいでした。

    • 爽やかな空の青、人工芝の緑、ポールの赤の鮮やかな色が記憶に残るグラウンドでした。

    • 2度目ましての「松倉グラウンド」。驚くほどキレイになっていた。坂元のデザインした2019年ラグビーW杯を釜石で開催することを目指すフラッグがはためく。なんだかじんわりと感動して、身震いした!

    • 前に写真で見たときは誰もいなくて、グラウンドも土だったので、芝生になったグラウンドを子供達が走っている姿が印象的でした。

  • ラグビー競技場建設予定地

    { 有村の目 }

    車が校舎に突き刺さり、ショッキングなあの光景は消え、ガレキを積み、今は競技場へと変わろうとしています。スクラム釜石のミーティングにも伊藤豊男さんが説明に来て下さいました。描いたものがカタチになります。

  • ラグビー競技場建設予定地

    • 津波で全てがまっさらになってしまった土地。工事は始まっていたけれど、まだまだこれから。2019年にここの競技場でラグビー日本代表の戦いを応援しに来るぞ!

    • 何もなくなった道路沿いにはためく「2019」の旗をみながら、6年後の姿を想像する。ぜひ実現させて、2019年にこの後でラグビーワールドカップを観戦したいとおもいました。そのときには…37歳!

    • きれいになっていて、ここが津波で流された場所にも思えないし、住宅が沢山建っていたなんて、もっと想像できなかった。そして、この地にどんな競技場ができるのか楽しみです。

    • 2019年、ここに世界中から、たくさんのひとが集まっていることを願います。

  • こんとき(ラーメン屋)

    { 有村の目 }

    お店には元気な紺野時男さん。麺の配達にわざわざ川喜の川端社長が配達にこられました。不死鳥の「こんとき」、ラガーメンの「川喜」。二人の経営者は不屈不撓の思いを胸に明るく力強くがんばっています。

  • こんとき(ラーメン屋)

    • 今回の旅で私の中では一番印象が強かったかもしれない。ラーメン屋のおじさん。突き抜けた明るさと、こっちまで元気になってしまう接客。こんなに生き生きして仕事してる。とってもとっても美しいと思いました。

    • コンテナの店舗の壁一面に応援メッセージ。店員さん達の人柄そのままの素朴で温かいラーメンでした。ごちそうさま。

    • さっぱりとした透明感あふれるスープに細麺。奇をてらったものではなく、毎日食べられるラーメンです。こういうお店が近所にあったら毎日通いたい。

    • 太陽みたいに明るい大将の紺野さんに大きな元気をもらった!あの明るさと、ラーメンの味は忘れない!

  • 旧東北砕石工場

    { 有村の目 }

    鈴木東蔵氏から懇願され技士となります。ここで採掘した石灰は主に小岩井農場で使用。ちょうど冷害もひどく、必死に豊かな農民の生活を夢見て石灰のサンプルをトランクにつめ、東へ南へと奔走。作業員への土産にしたタオルも賢治さんらしい。

  • 旧東北砕石工場→おつかれさまでした!

    • ここだけタイムスリップしたような、不思議な感覚がしました。石像が前に見た写真以上にリアルすぎた笑。

    • 解散。宮沢賢治さんを通して、いろんな事を勉強して、考えて、感動した二日間でした。会社の研修旅行で、歴史上の人物の地を巡るなんて不思議だけど、budoriという社名の真意を社員全員で再確認出来た二日間になりました。

10th anniversary
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