インタビューvol.2 山陽製紙株式会社

こちらの方々にお話をうかがいました

一, 創意と工夫で築いた50年。求められる紙を創るということ。

原田 わが社では毎春4月に「理念祭」を開催しています。今年で4回目になります。我が社の原点をたどるとすると、創業の精神に行きつくと思うのですけれど、毎年創業の精神に立ち返ろう、そしてわが社の理念をみんなで共有してやっていこうということで、朝早くからこの近くの自然の中にある施設を借りて、みんなで映画を見たり、先輩OBや社長から創業の精神を聞いたり、理念についてディスカッションしたり、その他色々な表彰をしたりして1日を過ごします。
紙をつくる会社ではありますが、いま環境、環境と言われてきておりまして。現在55期ですけれども、50期を迎えたときにこれまでの50年を振り返りました。前半は日本の高度経済成長と重なって「紙は文化のバロメーターだ」というようなこともありまして、どんどん紙をつくってきた時期もありました。
しかし50年たってみたら、これまでのマーケットというのは、どんどん縮小していますし、製紙会社というのは、環境に良くない産業だということで白い目で見られるような存在になってきておりまして、「わが社が社会で役に立つ存在であるための存在価値というのを、きちんと自分たちで見つけていかなければいけないね」ということになりました。そこで50周年を迎えたときに、理念を見返したんですね。
そのときに、わが社が本当にこれから製紙会社として社会に受け入れられていくには、同じ紙をつくるのであっても、地球の財産を守り、再生していくそんな紙を創らないといけないなということで、新しい理念ができました。
あくまでも古紙を再生して、それも廃棄物をできるだけ出さないような、自然の仕組みに合うような、そういうコンセプトで紙創りをしていきたいということで、取り組み始めて、いま5年たったところです。
それにしても、わが社は幸いなことに、創業時からの生き字引がおります。また、先人がいろいろ残してくれた技術であったり、文化と言いますかね、文化にはなってないかもし
れないですけれども、そういうものを踏まえながら、次の50年をと思っております。
話がまとまりませんが…そういうふうな会社を目指しております。

有村 みなさん当然のように、そう考えていらっしゃるということですものね。それでももう1回、創業の理念に立ち返るというのですから、すごい。ほんと、大事ですね。

原田 創業者は広島で、ちり紙の卸業をやっていたんですけれども、銀行からお声掛けがあって…メーカーになるということで、ここへ来ました。ですから紙創りについては何にも知らないわけでしょ。ノウハウも何にもないわけで。最初はすごい苦労をしたそうです。

黒田  そうですね。私がこちらに来ましたのは、昭和30年の8月ですから、ちょうど58年目になります。
当時はこの辺も松林でして、工場も今の3分の1ぐらいしかなかったんです。機械は1台、クレープ紙。もう1台のほうは、ちょうどライナーにする段ボール原紙を計画していて、まだちょうど機械の設置中。それが昭和30年なんですよね。
 それから、さっき専務が言いましたように、高度成長のころに、クレープ紙に特化しようということで、クレープ紙では日本一になろうということですよね。ずっと続けて来て、50年たったときに、やはり世の中がこう変わってきてですね、環境というところで、シフトとしていったというところですね。
 うちの特徴というのは、普通、製紙会社さんというのは、中小は別ですけれど、大手さんは、やはり機械もなんもほとんど全部人任せでつくるいうところが、自社では、先ほど言いましたように、私も入ったときは、ほんとに素人集団で、何もモノがないときですから、ロールひとつつくるにも自分たちが考えてつくって…というところからスタートしていますので。自分たちに合ったような機械をつくるわけですから、見ていただいたらわかるとおもいますけれども、ほんとにあか抜けていない(笑)徐々にこう「かたち」になっていったものですから…。
 ですけれども、何かあれば自分たちで考えてやる。特に「これをやる」からといって、大きく設備をしたとかいうものはあまりないんですね。その中でうまく工夫しながら…というところがうちの特徴であり、それが、みんなに受け継がれていって、若い人にも。ですから配管するといったら、ほとんど若い人たちが自分たちで設備をやるといったような感じですね。

有村 ほんと「工夫」という単語が多いんですね。

原田 手帳もね『創意工夫手帳』になってくる。

10th anniversary
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