前編山から海へ

から海へ

株式会社budoriでは、2012年より東京の山が抱えている問題を解決するために「KINO-Tokyo Tree Products」事業を展開しています。この事業を推進していくなか、中小企業診断士の方から、こんなことを問いかけられました。

「東京の別の場所にも木の問題があるのを知っていますか?」

くわしくうかがってみると、それは、小笠原諸島の父島、母島のことでした。

小笠原諸島は、東京都港区の竹芝桟橋から船で丸一日以上かかる場所です。空港がないため、移動手段は航路に限られますが、その自然の多くの地域は「小笠原国立公園」に指定され、世界遺産に登録されています。

小笠原諸島の母島は、竹芝桟橋から父島で船を乗り換えて向かいます

そんな貴重な自然を持つ島々でありながら、外来種であるアカギ、タマナという木が増えすぎて、手がつけられなくなっているということです。この木の問題に向き合おうと、2013年より母島に通ううちに、いつの間にやら、別の問題を相談されました。

母島では外来種のアカギやタマナが問題となっています

それは、「地域がつくる新しいブランド」のお手伝いでした。
当初、島の特産フルーツを使ったスイーツの開発サポートの相談を受け、その後、紆余曲折のなかで、小笠原産ラムのプロジェクトのお話をいただいたのでした。

現在、母島にある小笠原ラム・リキュール株式会社の工場は、1980年代の「ふるさと創生事業」で作られたものです。株式会社ですが、村が出資している第三セクターとして稼働しています。現在では、工場も老朽化し、設備を新しくする資金もなく、若手が1人でがんばっている状態。

「この工場で造ったラムを海のなかで熟成させたものを販売したい。このラム酒のことをいっしょに手伝ってもらえないだろうか」

笠原とラム酒

母島には、島の特産品としてラムがあります。もともとサトウキビの栽培が盛んだった小笠原諸島では、このサトウキビによって作られる「ラム」がソウルスピリッツとして親しまれていました。

「ラムの原料は、サトウキビの搾りかす「廃糖蜜」です。サトウキビから砂糖をつくるとき、結晶化されない搾りかすを発酵、蒸留させて作るもので、言うなれば砂糖の副産物でした。そもそもは、19世紀に小笠原開拓初期に小笠原に住んでいた欧米系島民がラム酒を造っていたということです。戦後、米国占領下でサトウキビの商業栽培は再開されませんでしたが、現在でも母島の小笠原ラム・リキュール株式会社では、沖縄県産の糖蜜を仕入れてラムを作り続けています。

小笠原ラム・リキュール株式会社

そんななか、母島の蒸留所では、若手が1人で模索を繰り返しています。これを見逃してはおけないという志の高いダイバー、母島観光協会の有志が、島にある唯一の居酒屋で議論を重ねたなか、ひとつのアイディアが出ました。

「ラムを海底で熟成してはどうだろうか。海に沈める体験も愉しめたら良いのでは……?」

360度、海に囲まれた小笠原にとって母なる海は固有の資産と言えます

こんな話から、母島観光協会が音頭を取るかたちで事業化へと進みました。地域応援ファンドへの申請の時、この流れで、budoriに商品プロモーションのサポート要請をいただき、本格的にプロジェクトがスタートしました。

小笠原で作ったラムを海に沈めることで郷土の新しい名産品となりうる可能性があります。

で眠るお酒

このプロジェクトですが、そもそも、貯蔵発酵することのない蒸留酒を寝かせたところで味が変化するのか? という疑問がありました。ブランデーなどの蒸留酒は、木製の樽で寝かせることで木の色や香りがつき、味が熟成されるといわれますが、一般にガラスの瓶で寝かせた場合、味の変化は起こりません。

これに対して、ひとつのヒントをくれたのがラム専門店「スクリュードライバー」の店長、土屋貴司さんでした。

東京の吉祥寺にあるラムバー、スクリュードライバー

「昔、海賊船にはラムのような蒸留酒が積まれていた。長い航海の間でも劣化せず重宝された。戦い、沈んだ船底にはたくさんのラムがあった。沈没した船を引き上げた際、ラムも引きあがる。このラムがまた熟成され旨味が増したんだそうです」 いまも、どこかの海底では沈没船とともにラムが眠っているかもしれません

スクリュードライバーは、東京都の吉祥寺にあるラム専門のバーで、常に500種類以上のラムを常備しているラム好きが集まるお店です。日本国内のみならず、世界からもラムの愛飲家が訪れる知る人ぞ知る名店です。

実際のところ、海底で試験熟成したラムを食品分析会社で成分検査をしてもらったところ、たしかに味の変化は認められました。また、自信を持って売り出せる「海底熟成ラム」となりました。

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